現在弊社では、会社を畳むために後片付けに追われてバタバタしています。
前回、4月の半ばに「事業終了に伴いまして」というブログをアップしてからおおよそ1ヶ月半が経過しました。
この間に結構色んな話が進みましたので、その一部始終をアップしようと思います。
めっき槽の処分
まずめっき業といえば、槽が沢山必要です。
槽と言いましても、素材は樹脂やステンレスや炭素鋼など様々あります。
以前、洗浄液の建て替えブログを書いた際の写真をもう一度貼ります。


まずはこの2つですが、どちらも炭素鋼を使用して作った槽になります。
液を抜いてもこのままでは重すぎて搬出ができません。
そこで、こいつを使います。


皆さんご存知ガストーチってやつです。
アセチレンに着火して高温の炎を発生させ、酸素を供給して炭素鋼を溶断します。
使い方としてはこんな感じです。

この写真は鉄板を溶断しているときのものですが、左手のダイヤルを回すと酸素が供給されて温度が上がり、炭素鋼が溶けて行きます。これを使って厚さ2ミリ〜4ミリ程度ある槽を溶断していきます。(火花めっちゃ飛び散るw)


こんな感じで細切れにすれば、男ひとりで持ち上げられるようになります。
こうやって切り出した鉄板をトラックに積んで屑鉄として売りに行きます。大体、キロ単価52円程度(2026/06/02)です。めっきに使用していた銅(電気ケーブルや銅バーなど)もいっしょに売りますが、こちらはキロ単価2000円(2026/06/02)です。
が、、、、、目がチカチカする。。。ww
眩しい光を見た後に、目に強い光の後が残った経験って有りませんか?
高温の炎が出す光というやつは、太陽と同じ原理の発光となるため、肉眼にとって非常に強い光となります。
この光がずっと目に残るので、夜布団に入ってからもずっとチカチカしてまともに寝れませんToT

なんとかこのあたりはきれいに取っ払えましたが、寝不足がやばいです笑
薬品の処理
弊社では既にめっき液自体は廃棄処分しているのですが、他にも様々な薬品がまだ残っている状態ですので、自社の排水設備で処理できる薬品は順次処理を行っております。


この写真は、排水処理設備のうちの汚泥槽の写真です。
汚泥とは何かと言うと、各薬品や金属イオンの溶け込んだ水を中和して水と中和生成物に分離していくわけですが、このときの中和生成物を沈降させた後のものになります。
ご覧になってわかるように、完全に上澄みの水と中和生成物が分離していますね。めっきの排水処理では、これがきちんとできていなければなりません。

次に、汚泥槽に溜まっているものをこの圧搾機を用いて脱水し、固形物を固めていきます。


汚泥槽に溜まっているものを圧搾機に通すと、スラッジ(汚泥)と呼ばれる固形物と、単なる水に分かれていきます。
フレコンバックに溜まっている汚泥はこのまま産廃業者さんに処理を依頼しますが、水の方はまだ終わりません。
一見、水槽の底が目視できるほどきれいな水に見えますが圧搾機にかけただけではまだ細かい汚泥が残っている可能性が有ります。
そこで、この水を砂濾過器にかけて更に細かい汚泥を除去してから放水します。

かなりざっくりとした説明ですが、めっきに関わる薬品の排水処理は大まかにこういった処理になります。
とはいえこれは、弊社の排水処理設備で処理できる薬品に限った話です。
当然、弊社の排水処理設備では処理しきれない薬品というのも存在します。その代表例として、フッ酸が有ります。
ステンレスやニッケル基合金など、常温化において自ら大気中の酸素と結合して表面にナノメートル単位の不動態化被膜を自己生成することで内部を保護する機能を持つ金属にめっきをするには、この不導体化被膜を破壊するためにフッ酸が必要不可欠な薬品となります。
通常、フッ酸の処理には消石灰で中和してやるのが簡易な方法ですが、これは微量のフッ酸の処理であれば可能です。しかし、フッ酸の排出量がある一定以上となると、途端に処理できなくなります。それはなぜか?
ずばり、フッ酸と消石灰の中和生成物が生成して水と中和生成物に別れた後、ある程度時間が経つと中和生成物からフッ酸が水中に再溶解してしまうからです。そこで、弊社ではこの様なケミカルドラム(中古)にフッ酸系統の薬品を入れて産廃に出しています。

これが地味に大変です。ケミカルドラムに薬品を移し入れるだけで実際はかなりの重労働です。
なぜなら、同じ20Lでも、薬品や金属イオンが溶け込んでいる溶液は水に比べて重たくなるからです。
めっちゃ腰や肩が痛くなります。w
やっぱり、なにをするにしても体力は大事ですね。
PCBの処理
皆さんは”PCB”という言葉を聞いたことが有りますでしょうか?
“PCB”とは”Polychlorinated Biphenyl”(ポリ塩化ビフェニル)の略です。
この「ポリ塩化ビフェニル(PCB)」と言うやつが何なのかと言うと、要は油です。
どう言う所に使われているかと言うと、弊社の場合は旧式のめっき用電源装置(整流器)の中に”冷却油”として封入されています。

そのめっき用電源(整流器)と言うやつがこいつです。
下の方に羽みたいなものがあるのが見てわかりますが、この部分にPCBが封入してあります。
なぜPCBが用いられるのか要約して言えば、油だけど加熱しても分解や酸化することがなく、劣化しないうえ、電気を通さないため、電気機器類の排熱に非常に便利だったからです。
しかしながらこのPCB、ひとつだけ大きな問題が有ります。
それは、人体(脂肪)との親和性が非常に高く、人体(皮膚や内蔵)に蓄積すると毒性を発現するということです。
日本では過去に、PCBによる薬害事件として「カネミ油症事件」が発生しています。
当ブログをご覧の方の中には、PCBといえばこの事件!!とご存じの方もいらっしゃるかも知れません。
この様な経緯から、日本ではPCBを使用されているものに関しては適切な廃棄処理(PCB無害化処理)が義務付けられているため、これを依頼できる産廃業者様を探さなければなりません。
こうして処理業者さんを探している矢先、直近で2025年に北海道にあった中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO)による高濃度PCB廃棄物の処理は令和7年度(2025年度)末に終了したとの情報が。。。
やばいですよこれ。。。産廃業者さんにお願いしてもPCB処分できないんで処分ができるようになるまで保管しといてくださいとか言われたら本当にお手上げです。
これは焦りました。
慌てて株式会社ケイコーポレーション様に連絡を入れたところ、「引き受けることはできるがPCBの検査だけで出張旅費が高額になってしまうので近場でできるところを探されたほうが良いと思います。」との解答をいただきました。
そしてなんとか、双葉電機株式会社様につなげていただくことができました。ありがとうございます。
因みにPCBについて色々とお尋ねした所、どうやらめっき用電源(整流器)以外にも工場に引き込まれている200V 電源の変圧器などにも使用されている場合があるとのこと。
うちは化学薬品なんて使ってないから大丈夫!と思っていたら高圧電源の方にPCB含有製品が使われていたってことが古い工場ではよくあるみたいですから、皆様もお気をつけください。
早めの処分と非PCB使用品への交換をおすすめいたします。
おわりに(だいじな伝達事項あり)
3月から本日6月8日までの間ずっと片付けをしているわけですが、怒涛の3ヶ月です。。。
正直、普通に仕事してるほうがラクやなと思うレベルです。
特に弊社では昭和40年代頃の古い機材が残っていて、処分しようとしたらあれこれいろんな壁にぶち当たってしまって思うように前に向いて進まなくて大変な目に合う。。。といった状態が続いていますが、なんとか前に向いて片付けが進んでおります。
壁にぶち当たる度に様々な業者さんにご助言頂き、大変お世話になっております。ありがとうございます。
さて、現在こういった片付けとは別にかなりの時間を割いて並行して行わざるを得なくなっていることがあります。
それは、弊社で行っていためっきや表面処理についての技術的な情報を無償で開示提供してほしいという依頼です。
お話を詳しくお聞きますと、以前弊社が提出していたQC工程表等を元に他所のめっき屋さんに依頼したり自社で内製化したが、結果としてうまく表面処理ができず弊社で処理した製品と同等の品質が確保できないので、弊社での処理条件や手法をまるっと開示していただきたいということでした。
私なりに正直にコメントしますが、
弊社で表面処理したものではなく、他所のめっき屋さんに移管されて既に他所のめっき屋さんで処理されためっきや表面処理に対する技術的な相談につきましては、技術指導に対する報酬、いわば顧問料を頂戴したいと考えております。
よって、現在私達と顧問契約を交わしてくださっている方々にはこれまで同様に質問やご相談にお答えいたします。
しかし、私達と顧問契約を交わしていない方々からの技術的な質問やご相談に関しては、今後一切お答えすることはできません。
なぜなら、私達に表面処理の顧問契約を申し出てくださった方々に対して、大変な失礼になるからです。
以上、今後はこの点よろしくおねがいします。
あまり下品なことをされてしまっては気分が悪くなりますから。
あとがき
最近だいぶ気温が上がってきましたね。
私は魚釣りが趣味なのでいろんな釣りをするのですが、段々とメバル(春告魚)が釣れる数が減り、釣れる魚がアジに変化してきました。
季節が春→夏へと変化していく変わり目ですね。


私個人も、日本アートという会社を畳んで自分自身が次の人生のステージに進む変わり目に突入しているのだと言う実感を持ちながら、時間の合うときにCAMP大原OBこと吉田憲太郎先輩率いる大原漁業組合の仲間たちといっしょに釣りに行っています。


これまでは日本アートという会社の維持に縛られて、誰に何に誘われても思うように行くことができずにいましたが、会社がなくなれば私を縛るものはなくなります。
最初は、背負っていたものが突然なくなることに虚無感や抵抗感がありましたが、これまでやりたくてもできなかったことができるようになったんだという実感が伴ってくると、意外と心が明るく軽やかになってきました。
これもひとえに、私の周りにいる沢山の方々から温かいお声がけを頂いたおかげだと思います。
こんな時だからこそ声をかけてくれる方々には、本当に感謝しかありません。
とっても嬉しいです!
ありがとうございます。

